目次
富を築くための方法-安田善次郎
安田財閥の創設者、安田善次郎による「富を築くための方法」
- 独立独行で世を渡る。女遊びをせず一生懸命に働く
- 嘘をいわず、正直に道を踏む。どんな誘惑があっても決して横道を逸れない
- 生活費は収入の八割以内にし、二割は貯蓄する、住居のために財産の一割以上の支出はしない
職業の道楽化-本多静六
大富豪・本多静六の言葉
「職業の道楽化は、職業を道楽とすること、それ自体において十分酬われるばかりでなく、 多くの場合、その仕事のカスとして、金も、名誉も、地位も、生活も、 知らず識らずに恵まれてくる結果となるのだから有難い」
豊かさの度合い-ジョン・D・ロックフェラー
ロックフェラー財閥の創設者で、史上最大級の大富豪だったジョン・D・ロックフェラーの言葉。
『豊かさの度合いは、欲望と支出が収入に対してどういう関係にあるかで決まる。
もし10ドルでも豊かだと感じ、ほしいと思うものは全部持っているなら、彼は本当に豊かなのだ』
豊かさとは、主観的なものであり、第三者からの客観的な評価によるとは言えないのです。
ジョン・D・ロックフェラーが定義したように、豊さとは、 当人の「欲望と支出」と「収入」の関係性で構成されるとみるべきでしょう。
たとえば、数値で表したとして、「欲望と支出」が100万円で、 「収入」が200万円であれば、その人は豊かであると感じているでしょう。
しかし、たとえば、「収入」が4,000万円と高かったとしても、 「欲望と支出」が8,000万円であれば、その人は豊かだとは感じていないというわけです。
加えて、往々にして「欲望と支出」は、上昇しがちなものです。
いくら収入が上昇していったとしても、欲望と支出がそれを上回るペースで上昇するとすれば、 どこまでいったとしても、当人が豊かだと感じることはないでしょう。
それは、つまり、豊さには、単純に収入の向上だけではなく、欲望と支出のエリアにおける管理が必要となってくるのです。
欲望と支出には、常に空虚な感覚、ある種のむなしさがつきまとう
ジョン・D・ロックフェラーが述べた「豊かさの度合」について考えてみました。
曰く、豊さとは、当人の「欲望と支出」と「収入」の関係性で決定されるのです。
今回は、そのなかでも「欲望と支出」について考えてみたいと思います。
「欲望と支出」は、非常にたくさんの人の心を支配している概念であると思われます。
しかし、「欲望と支出」は、よくよく考えてみると、常に空虚な感覚、つまり、ある種のむなしさがつきまとうのです。
ある人は、母乳を欲しがり、食事を欲しがります。
それから、自転車を欲しがり、ゲーム機を欲しがります。
さらに年をとれば、気取った食事を欲しがり、テレビを欲しがります。
次に、自動車を欲しがり、家を欲しがります。
しかし、落ち着いて考えてみると、それらには、本当に価値があるのでしょうか。
本当は、それほどの価値はないのではないでしょうか。
たとえば、さっき誰かが有り金すべてをはたいて買った最新モデルのメルセデス・ベンツも、 すぐにその金銭的な価値を失いはじめています。
なぜなら、自動車会社は、買った本人が契約書にサインをしている最中でさえも、 裏ではすでに次に出す最新モデルの開発をしているからです。
結局のところ、ほとんどのモノは、おもちゃにすぎないのです。
どんなに高いクルマも、家も。
どんなに着飾っても、取り繕っても、おもちゃであることに変わりはないのです。
それほどの価値はないのです。
誰かがこう言いました。
「本当に幸福な人間はモノを買わない」
また、別の誰かがこう言いました。
「食うために働くのか、働くために食うのか」